突然ですが!
クレープとガレット。
どちらもフランス生まれの薄い生地の料理ですが、
この二つ、どちらが先に生まれたと思いますか?
なんとな~く
「クレープが本家!そば粉を使ったガレットはその変化球」という気がしません?
実は私もそう思っていました。
ところが、順番はまったく逆なのだそうです!
■ クレープの元祖は、そば粉だった
ガレットの故郷は、フランス北西部のブルターニュ地方です。
大西洋に突き出した半島で、
雨が多く、
日照時間が短く、土地は痩せている。
つまり、小麦がまるで育たない土地でした。
小麦が育たなければ、パンが焼けません。
そこでブルターニュの人々が頼ったのが、
そばでした。
中世の頃から、
彼らはそば粉を水で溶いて薄く焼き、
日々の主食にしていたといいます。
これがガレットの始まりだというのです!
しかし当時それは、決してご馳走ではありませんでした。
小麦を買えない人々の、ささやかな食事だったのです。
小麦粉を使った甘いクレープが生まれたのは、
ずっと後の19世紀のこと。
つまり、私たちが「本家」だと思っていた
クレープのほうが、後発だったわけです。
土地が豊かでなかったからこそ
生まれた料理が、
数百年を経て、パリのカフェでも
日本の街角でも愛されている。
実は日本のそばも、
稲作ができない山間地にそばを育てたのです。
実は似た境遇からそばが栽培されていたなんて
ロマンがありますよね~
■ 今日のちょっと役立つ話 ― そばは「最後の砦」だった
ブルターニュの人々がそばを選んだのには、
はっきりした理由があります。
そばという作物が、とにかく強いのです。
そばは、痩せた土地でもそれなりに育ちます。
冷涼な気候にも耐え、しかも生育期間が短い。
稲や麦がうまく育たないような条件でも、
そばだけは実をつけてくれる。
だからそばは、
古くから世界各地で「救荒作物」として扱われてきました。
凶作や飢饉のときに、
人の命をつないできた作物なのです。
日本でもかつてそばは「そばむぎ」と呼ばれ、
7〜8世紀の文献にはすでに、
『救荒作物』としての記述が登場します。
土地が痩せて他に何も育たない山あいの村で、
そばは文字どおり最後の砦でした。
信州や出雲といった山間部に
名高いそば処が多いのは、偶然ではないんですね~
洋の東西を問わず、
そばは「他のものが育たない場所」で人を支えてきました。
今でこそ「風味を楽しむ嗜好品」の顔をしていますが、
その正体は、驚くほど
タフな生存者なのです。
■ もうすぐ、新そばの季節
そば半で使っているのは、北海道の契約農家様が
無農薬・有機質栽培で育てたそばの実です。
それを毎日、店内で自家製粉しています。
そして打つときに加えるのは、
焼津の海洋深層水を脱塩した「駿河純水」だけ。
つなぎの小麦も使いません。
そば粉と水、それだけで打ち上げる十割そばです。
そばの花が咲くのは夏から秋にかけて。
実りの季節は、もう少し先です。
新そばの便りをお届けできる日を楽しみに、
今日も丁寧に蕎麦を打ってまいります。
そば半 登呂本店
静岡県静岡市駿河区登呂6-2-1
TEL:054-286-6333
営業時間:月曜 10:00〜14:30 / 水〜日曜 10:00〜20:00(通し営業)
定休日:火曜日
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